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静岡地方裁判所浜松支部 昭和48年(ワ)339号 判決

原告

保坂梅次郎

ほか二名

被告

日本道路公団

主文

被告は

原告梅次郎に対し一三一万七、八八七円

原告きわに対し三一万三、一九五円

原告清に対し一一万四、六〇〇円

およびこれらに対する昭和四八年一二月二九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

原告梅次郎同きわのその余の請求を棄却する。

訴訟費用は一〇分し、その一を原告梅次郎同きわの負担とし、その余を被告の負担とする。

この判決は原告ら勝訴部分につき仮に執行することができる。

事実

一  当事者の申立

(一)  原告ら「被告は原告梅次郎に対し一四三万九、七九二円、原告きわに対し四七万七、四三五円、原告清に対し一一万四、六〇〇円およびこれらに対する昭和四八年一二月二九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決ならびに仮執行の宣言。

(訴状による原告きわの請求額は誤算。)

(二)  被告「原告らの請求を棄却する。訴訟費用は原告らの負担とする。」との判決。

二  原告の請求原因

(一)  (事故) 昭和四八年二月一七日午前八時三五分頃、原告清は小型乗用車(浜松五な六五五五)を運転し、東名高速道路下り追越車線の磐田原パーキングエリヤ附近(磐田市中北浦地内で東京基点二二三・四キロポスト附近)を時速約一〇〇キロで進行中、前方右側の中央分離帯に設けられた鉄柵(フエンス)にあいていた大きな穴から人が突然進路へ飛び出してきたので、その人との衝突をさけようとして咄嗟に急ブレーキをかけたところ、車が右方に浮上し右フエンスに衝突し、さらに附近に転倒してしまつた。そのため右車に乗つていた原告梅次郎(清の父)、原告きわ(清の母)が負傷し、車は大破した。

(二)  (原因) 右事故のおきた磐田原パーキングエリヤはかねてから「キセル通行の名所」とされ、上り線側のパーキングエリヤと下り線側のパーキングエリヤの間を往ききして通行券を不正に交換する不心得者が跡をたたなかつた。彼等はキセル乗りのために高速道路を横断するわけであるから、その交通の上にきわめて危険である。そこでこのパーキングエリヤには昭和四七年一月中央分離帯に金網の柵(フエンス)が設けられた。しかしその後もフエンスの金網をやぶり、あるいはフエンスを乗りこえて高速道路を横断する者があつた。金網の破損はすぐ修復されるがまた破られる有様であつた。本件事故のときもフエンスが破られ人の通れる穴があいていた。本件事故はある男がキセル乗りをしようとしてこのフエンスの穴を通つて原告車の前方下り車線を横断しようとしたためにおきた。

(三)  (責任) 被告は東名高速道路の管理者である。

被告はまず、キセル乗りを防止して交通の安全を確保する義務がある。被告はそのためにフエンスを設けたがそれは屡々破られ乗り越えられた。つまり右程度のフエンスでは危険防止に不十分であつた。もつと破られない乗りこえることのできない防止設備がなされるべきであつた。その点で本件事故当時この附近の高速道路には瑕疵があつたといわざるをえない。

その上、事故当時フエンスの金網には穴があいていて不心得者がくゞりぬけた。フエンスを完全な状態におかなかつた点で高速道路に瑕疵があつたことになる。

被告はそれら瑕疵によつて生じた本件事故による原告らの損害を賠償する義務がある。

(四)  (損害)

(1)  原告梅次郎の分。原告梅次郎は本件事故によつて左眼瞼下垂、左強膜破裂、水晶体脱出、左交感性眼炎、顔面切挫創等の傷害を負い、四〇日間の入院、七月二〇日まで一〇回の通院を余儀なくされ、さらに左眼を失明した。その損害は次のとおりである。

Ⅰ 治療費 五二万五、五五四円

Ⅱ 附添看護料(九日間) 一万〇、八〇〇円

Ⅲ 通院費(一〇日間) 五、〇〇〇円

Ⅳ 義眼代金 一万二、〇〇〇円

Ⅴ 義眼を買いにいつた旅費 二、〇〇〇円

Ⅵ 逸失利益(二月一七日から七月二〇日までの五ケ月間食料品店を休業したため、それがなければ前年所得三五万円を下らない所得をあげられた筈のところ、その五ケ月分を失つた) 一四万五、八三三円

Ⅶ 受傷による慰藉料 三〇万〇、〇〇〇円

Ⅷ 左眼失明による後遺症慰藉料(八級) 一六八万〇、〇〇〇円

Ⅸ 後遺症に伴う逸失利益(事故当時六五才になつたばかりで、なお五・九年就労可能とし、基本の所得を三五万円とする。労働能力喪失率〇・四五) 八〇万八、六〇五円

Ⅹ 弁護士費用 一三万〇、〇〇〇円

以上の損害合計三六一万九、七九二円から既に受領した自賠責保険金二一八万円を控除すると、原告梅次郎の請求額は一四三万九、七九二円となる。

(2)  原告きわの分。原告きわは、事故により左顔面・耳裂傷、胸椎圧迫骨折等の傷害を受け、九日間入院し、その後も五月五日まで自宅で寝つゞけ、七月二五日までに四回通院を余儀なくされ、七月末日まで内職(和裁やピアノ部品の加工)ができなかつた。そのため次の損害を蒙つた。

Ⅰ 治療費 一一万六、八四〇円

Ⅱ 附添看護料(二日間) 二、四〇〇円

Ⅲ 通院費(四日) 二、〇〇〇円

Ⅳ しつぷ薬代 一万四、六五〇円

Ⅴ 逸失利益(内職収入月平均三二、一一五円の五ケ月分) 一六万〇、五七五円

Ⅵ 慰藉料 三〇万〇、〇〇〇円

Ⅶ 弁護士費用 三万〇、〇〇〇円

以上の損害合計六二万六、四七五円から既に受領した一四万九、〇四〇円を控除すると、原告きわの請求額は四七万七、四三五円となる。(訴状の計算は誤つている。)

(3)  原告清の分。原告清は事故の際運転していた小型乗用車の所有者であるが、右車につき次の損害を蒙つた。

Ⅰ 車の引取費用(車が大破して運転不能のため引取に要したもの) 四、六〇〇円

Ⅱ 車の価格(この車は約一年前に二〇万円で購入し、事故当時一〇万円の価格であつたが、修理不能にまで破損した) 一〇万〇、〇〇〇円

Ⅲ 弁護士費用 一万〇、〇〇〇円

以上合計 一一万四、六〇〇円

(五)  よつて原告らは被告に対し上記各金員とそれらに対する本訴状送達の日の翌日である昭和四八年一二月二九日から支払済みまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

(六)  (被告の主張に対して) 被告らの主張事実はいずれも争う。事故当時、原告清運転の車はまだ広岡孝次運転の車の追越を終つていなかつた。

なお、最近本件事故現場附近には中央分離帯に鉄板製の高い通行止が設置された。

三  被告の主張

(一)  原告の請求原因のうち、被告が東名高速道路の管理者であることは認めるが、その余の事実はすべて争う。

(二)  原告のいうキセル乗りの不心得者は当時中央分離帯に立つていただけである、仮りにその人が原告清の進路にとび出したとしても、それは自殺しようとしたのではなく、安全に横断できると判断していたわけであろうから、原告清としては急ブレーキをかける必要はなかつた筈である。いわば原告清が判断を誤つて不必要な急ブレーキをかけたための事故ではないか。

(三)  仮りに中央分離帯のフエンスに穴があつて、それが道路の瑕疵であるとしても、その瑕疵と事故との間には、道路を横断するという第三者の行為が介在するから、因果関係があるとはいえない。すなわち穴がなくても不心得者はフエンスを乗りこえるなどして横断するであろうから、穴があつたから事故がおきたとはいえない。

(四)  原告らがいうように絶対に本線に立入れないような施設を作ることは財政上不可能である。

本件事故のおきた磐田原パーキングエリヤはキセル乗りの多い所で、被告はその防止のため昭和四七年一月に中央分離帯に金網の柵を作つて上・下線を横断できないようにした。しかしその後も金網が破られたり、上部の有刺鉄線をのりこえる者が跡をたたなかつた。金網は破られるとすぐ修復するが、また切られるということで、物理的に切断又は乗越せない構造の柵を作る以外に防ぎようがなかつた。しかしそれも財政上困難であつた。

(五)  (過失相殺) 原告清は事故当時追越車線を走つていた。その前に広岡孝次の車を追越したが、その追越はすでに終り、原告清の前方には追越すべき先行車はなかつた。その点で走行車線違反(道路交通法第二〇条違反)がある。そしてこのことが事故の発生につながつていたと思われる。もし走行車線にいたらハンドル操作によつて事故を未然に防止しえたかもしれない。したがつて仮りに被告に事故の責任があるとしても、原告の右の過失を損害賠償の額を定めるについて斟酌すべきである。

四  証拠〔略〕

理由

一  〔証拠略〕に弁論の全趣旨を加えると原告の請求原因(一)(事故)、(二)(原因)に記載の各事実を認めることができる。

被告は「中央分離帯の男は立つていたゞけであり、仮りに下り線にとび出したとしても無事に横切れた筈である」というが、そのように認めるに足りる証拠はない。〔証拠略〕によれば、その男は下り線にとび出してきて原告清としてはもう轢いてしまつたと思つたほど危険がさしせまつていたことが認められる。なお、前掲証拠によると原告清は事故直前にほゞ一〇〇キロの速さで走つていたこと、(甲第一号証の三のスリツプ痕からしても)原告清が急ブレーキをかけたためハンドルをとられ中央分離帯へのり上げフエンスに衝突したこと、が認められる。

右事実によれば、本件事故現場附近の高速道路はキセル乗りを防止し交通の安全を確保するため中央分離帯に金網のフエンスが設けられたが、それは不心得者によつて屡々破られたり乗り越えられたりして、上下線の横断を禁圧する柵としては不十分であり、いまだそのために必要な十分な施設はなされていなかつたことになる。その意味でこの高速道路の設置又は管理について瑕疵があつたというべきである。そしてその上不十分な施設であるフエンスに事故当時穴があいていて人が通りぬけるのを許したことにおいて、さらに瑕疵があつたといわざるをえない。

ところで、被告は右瑕疵と事故との因果関係を否定する。しかしそのいうところはフエシスの穴は必ずしも事故につながらないというに止まりフエンスそのものが瑕疵のある施設であることを否定するものではない。しかもフエンスの穴が事故の原因であり、その間に相当因果関係があると解するのが相当である。けだしフエンスは専らキセル乗りを防止するために設けられ、他に目的のない柵であつたからである。

また被告はキセル乗りをやろうとする者を絶対に上下線に立入らせない施設を作ることは財政上不可能であるというが、前認定のように本件事故現場附近はキセル乗りの多いことで有名なところであるから、そういう箇所を撰んでそこだけ特別堅固な施設をするということは十分可能である。現にここに最近鉄板で高い塀が設けられたことが原告清の陳述でうかがえる。したがつて被告の右主張は理由がない。

ところで、被告が東名高速道路を管理することは当事者間に争いがない。

そうすると被告は国家賠償法第二条にいう公共団体として原告らが本件事故によつて蒙つた損害を賠償する義務がある。

二  そこで原告らの損害について考える。

(一)  原告梅次郎の分

〔証拠略〕を綜合すると、原告がその主張のとおりの傷害を受け、その主張のとおりの入院通院を余儀なくされ、左眼を失明し、その主張のⅠないしⅧの損害を蒙つたことが認められる。そして右証拠によれば、原告は事故当時六五才であつてなお五年間就労が可能であつたところ左眼失明のため労働能力の四五%を喪失したので、Ⅸ後遺症に伴う逸失利益として(基本年収を三五万とし)六八万六、七〇〇円を喪うことになるし、Ⅹ弁護士費用として一三万円の損害を蒙るものと認めるのが相当である。

以上の損害の合計は三四九万七、八八七円となるが、原告梅次郎は既に自賠責保険から二一八万円を受取つていることを自認しているので、残額は一三一万七、八八七円となる。

原告梅次郎の請求は右限度で理由があり、その余は理由がない。

(二)  原告きわの分

〔証拠略〕によると、原告きわが事故のためその主張のとおりの傷害を受け、その主張のような療養を余儀なくされ、そのためその主張のⅠないしⅣの損害が生じたこと、が認められる。また右証拠によれば同人は右受傷のためほぼ三ケ月間内職ができなかつたので、Ⅴ逸失利益として平均月収三万二、一一五円の三ケ月分九万六、三四五円の損害をうけ、またⅥ右受傷のための慰藉料として二〇万円、およびⅦ弁護士費用三万円の各損害を蒙つたと認めるのが相当である。

以上の損害の合計は四六万二、二三五円となるが、原告きわは既に一四万九、〇四〇円を受領していることを自認しているので、残額は三一万三、一九五円となる。

原告きわの請求は右限度で理由があり、その余は理由がない。

(三)  原告清の分

〔証拠略〕を加えると、原告清が本件事故によりその主張のⅠおよびⅡの損害を生じたことが認められ、またⅢ弁護士費用一万円の損害を蒙るものと認めるのが相当である。

以上の損害の合計一一万四、六〇〇円である。

(四)  被告の過失相殺の主張について。

前認定のとおり原告清は事故のとき下り線の追越車線を走つていたことが認められ、〔証拠略〕によると原告清は事故現場より約3キロ東で広岡車を追越しそのまま追越車線を走行していて、事故当時広岡車(走行車線を走つていた)との間に約二〇〇メートルの距離があつたこと、が認められ、〔証拠略〕のうち右認定に反する部分はたやすく信用しがたい。

そうすると原告清は既に追越を終り走行車線へ戻るべき状態にあつたと認められるが、仮に走行車線に戻つていたら本件事故はさけられたであろうと認められる根拠はない。いずれの車線にせよ一〇〇キロの高速で走ることが普通であり、しかも人が横断するとは予見しがたい高速道路において、追越車線を走つていたことを過失であるとするのは相当でない。

したがつて被告の主張は採用できない。

三  結論

上記の次第であるから、被告は原告梅次郎に対し一三一万七、八八七円、原告きわに対し三一万三、一九五円、原告清に対し一一万四、六〇〇円およびそれらに対する本件事故後の昭和四八年一二月二九日(本訴状送達の日の翌日)から支払済みまで年五分の割合による遅延損害金を支払う義務がある。

原告らの請求は右限度で認容し、その余は失当として棄却する。よつて訴訟費用の負担について民事訴訟法第九二条、第八九条を、仮執行の宣言について同法第一九六条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 水上東作)

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